2016年10月2日日曜日

アモキシシリン1回2000mgも投与する理由


とある基幹病院の循環器内科からの処方

アモキシシリンカプセル250mg 8カプセル
(歯科治療1時間前に服用) 5回分


通常のアモキシシリンの使い方(ヘリコバクター・ピロリ感染症を除く感染症)は以下のとおりです。


成人:アモキシシリン水和物として、通常1回250mg(力価)を1日3~4回経口投与する。


上記の処方は、明らかに通常用量を超えた過量投与です。


では、これは処方ミスかというと、そうではありません。
この謎を解く鍵は『循環器内科からの処方』と『歯科治療1時間前に服用』です。



感染性心内膜炎という病気をご存知でしょうか。


感染性心内膜炎は、心臓の内側を覆う内膜(心内膜)に細菌の病巣ができて炎症を起こす敗血症のひとつで、早期診断と適切な治療が重要です。
本来、心内膜はなめらかでつるつるしていますが、心臓病のある人や心臓の手術後などでは、心臓内の異常な血液の流れによって、心内膜に細かい傷ができることがあります。そこに血小板などが付着し、たまたま血液に入り込んだ細菌が付着して増殖すると、いぼ状の感染巣―疣腫(ゆうしゅ)をつくります。
血液中に細菌が入り込む原因は、抜歯など歯科治療や虫歯から口腔内の常在菌が侵入する場合や、泌尿器科や産婦人科の手術の際に侵入する場合などが考えられます。通常は細菌が血液内に侵入しても、白血球が働いて退治してくれますが、一時的に心臓に入り込んだ菌が、心内膜に傷があるとそこに付着し増殖して心内膜炎が発症するのです。

日本心臓財団
http://www.jhf.or.jp/heartnews/vol47.html


先天性心疾患がある、人工弁置換をされている方やペースメーカーを埋め込んでいる、心内膜炎リスクが高い患者さんは菌血症を誘発しうる歯科の手技・
処置を実施する場合には,抗菌薬の予防投与が推奨されています。

米国のガイドラインではアモキシシリンが消化管からの吸収が良く、より高い血中濃度が達成され、より長く維持されることから、アモキシシリンの単回経口投与が標準的予防法として推奨されています。

成人用量はアモキシシリン2.0 g
(小児用量は50 mg/kgで成人用量を超えない用量)
を処置予定の一時間前に投与する。

López-Cedrún J L, Pijoan J I, Fernández S, Santamaria J, Hernandez G: Efficacy of amoxicillin treatment in preventing postoperative complications in patients undergoing third molar surgery: a prospective, randomized,double-blind controlled study. J Oral Maxillofac Surg 2011; 69: e5-14
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21470751

また、日本化学療法学会ガイドラインでは、アモキシシリン大量投与による下痢の可能性、およびアンピシリン2g点滴静注とアモキシシリン500 mg経口投与で抜歯後の血液培養陽性率がともに約20%程度で大差なかった、という論文を踏まえて、リスクの少ない患者に対しては、アモキシシリン500mg経口投与を提唱しています。

術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践ガイドライン
http://www.chemotherapy.or.jp/guideline/jyutsugo_shiyou_jissen.pdf


ペニシリンアレルギーでアモキシシリンが使えない場合


ペニシリン(アモキシシリン、アンピシリン、ペニシリンなど)にアレルギーのある患者には別の経口抗菌薬を使用します。

クリンダマイシン
成人:600 mgを処置1時間前に経口投与
小児:20 mg/kgを処置1時間前に経口投与

セファレキシンあるいはセファドロキシル
成人:2.0 gを処置1時間前に経口投与
小児:50 mg/kgを処置1時間前に経口投与

アジスロマイシンあるいはクラリスロマイシン
成人:500 mgを処置1時間前に経口投与
小児:15 mg/kgを処置1時間前に経口投与



術前のアモキシシリン大量投与は感染性心内膜炎予防に効果があるのか?


イギリスでは2008年のガイドラインで、感染性心内膜炎の予防抗菌薬を完全に中止する勧告を出したことがあります。

その結果イギリスでは、この勧告以降、予防抗菌薬の投与は減少しました。しかし、感染性心内膜炎の発生率は、有意に増加していたことが、後ろ向き研究の結果で示されました。

因果関係は明確ではありませんが、感染性心内膜炎の発生率は、ハイリスクの患者さんでもローリスクの患者さんでも、有意に増加していました。

Dayer MJ, et al. Lancet. 2015 Mar 28;385(9974):1219-28.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21470751


術前のアモキシシリン大量投与は感染性心内膜炎予防は可能性の域は出ませんがある程度効果はあるのではないかと考えられます。

ただし、予防抗菌薬そのもののリスクも常に同時に考慮して適切に使用したいものです。


術前薬は病院でもらうものです。


手術や検査にかかわる薬剤は、院外処方せんによる供給にはなじみません。
それは、医療機関の請求において、「投薬」ではなく「手術」や「検査」の項目に記載されるものであり、処方料も調剤料も算定することはできないとされているからです。
従って、手術前・検査前の薬のみが記載された院外処方せんを発行した場合、医療機関では処方せん料を算定することはできません。
また、これを受けた薬局は、調剤基本料や薬剤服用歴管理指導料等を算定することは出来ず、薬剤料のみ請求せざるを得ません。