2025年8月27日水曜日

新規DORAボルノレキサント(ボルズィ)の全貌

不眠症治療における新たな選択肢として、国内4剤目となるデュアルオレキシン受容体拮抗薬(DORA)、ボルノレキサント水和物(開発コード:TS-142、製品名:ボルズィ®錠)が登場した 。ボルノレキサントの基礎となる薬理学的特性から、その臨床的価値を裏付ける第I相~第III相試験のデータまでを、原著論文や公開情報に基づき詳細に解説する。


1. 作用機序:生理的睡眠を促す覚醒システムへの特異的介入

ボルノレキサントの作用機序は、既存のDORAと同様、オレキシン神経ペプチドシステムを標的とする。オレキシンAおよびBは、視床下部外側野から投射されるニューロンにより産生され、オレキシン1(OX1)およびオレキシン2(OX2)受容体を介して脳内の広範な覚醒中枢を活性化し、覚醒状態の維持に中心的な役割を担う。不眠症の病態生理には、このオレキシンシステムの過活動が関与していると考えられている。

ボルノレキサントは、OX1およびOX2の両受容体に対し高い親和性をもって競合的かつ可逆的に結合し、オレキシンのシグナル伝達を阻害する 。これにより、過剰な覚醒ドライブが抑制され、脳は生理的な睡眠状態へと自然に移行する。この作用機序は、GABA受容体作動薬が中枢神経系全体に非特異的な抑制をかけるのとは対照的に、覚醒維持システムに特異的に作用するものである 。したがって、理論的には筋弛緩作用や依存・耐性のリスクが低減されることが期待される。

2. 設計思想の核心:「Fast-On, Fast-Off」を実現する薬物動態プロファイル

ボルノレキサントを他のDORAと一線を画す最大の特徴は、その意図的に設計された薬物動態(PK)プロファイルにある。理想的な睡眠薬の条件、すなわち「速やかな作用発現」と「翌朝への持ち越し効果の最小化」を両立させるため、本剤は分子設計の段階から、低い脂溶性と小さな分布容積を持つように最適化された。

この設計思想は、第I相臨床試験において明確に実証された。健康な日本人成人を対象とした試験では、以下のPKパラメータが確認されている 。

  • 最高血漿中濃度到達時間(Tmax):0.5~3.0時間
  • 消失半減期(T1/2):約1.3~3.3時間

このT1/2は、国内で承認されている他のDORAと比較して際立って短い。この速やかな消失特性が、翌朝の残存傾眠や精神運動機能低下といった臨床上の重要課題を解決する鍵となる 。

さらに、本剤の代謝プロファイルは比較的「クリーン」であり、薬理効果は主に未変化体によってもたらされる [13, 7, 14]。活性代謝物の影響が限定的であるため、薬物動態と薬力学的作用の相関が明確で、予測可能性の高い臨床効果が期待できる。


3. 臨床開発プログラムから見る有効性と安全性

第II相試験:PSGによる客観的有効性の証明

Psychopharmacology誌に掲載された第II相試験(Uchiyama et al., 2022)では、不眠症患者を対象に睡眠ポリグラフ検査(PSG)を用いて客観的な有効性が評価された 。

  • 入眠潜時(LPS):5mg、10mg、30mgの全ての評価用量で、プラセボに対し統計学的に極めて有意な短縮を示した(全用量でp < 0.001)。プラセボからの短縮時間は約42分と、臨床的に大きな改善であった 。
  • 中途覚醒時間(WASO):同様に、全ての評価用量でプラセボに対し統計学的に有意な減少を示した(全用量でp < 0.01) 。

興味深いことに、LPSへの効果は5mgでプラトーに達する傾向が見られた一方、WASOへの効果は用量依存的な増強が認められた 。これは、入眠困難が主体の患者と中途覚醒が主体の患者で用量調節を考慮する、個別化医療の可能性を示唆する重要な知見である。

第III相試験(TS142-301):大規模集団での主観的有効性の確立

日本人不眠症患者596名を対象としたピボタル第III相試験では、患者の睡眠日誌に基づく主観的評価が行われた 。

  • :5mg群、10mg群ともにプラセボ群に対し、統計学的に極めて有意な改善を示した(両用量ともp < 0.001) 。
  • 重要な副次評価項目(主観的睡眠効率, sSE):同様に、5mg群、10mg群ともにプラセボ群に対し、統計学的に極めて有意な改善を示した(両用量ともp < 0.001) 。

これらの結果は、PSGで示された客観的データが、患者の実感としても大規模集団で強固に裏付けられたことを意味する。


4. DORAクラス内での比較と臨床的ポジショニング

ボルノレキサントの登場により、DORAはその薬物動態プロファイルによって特徴づけられる。処方選択において、このPKの違いを理解することは極めて重要である。

表1:国内DORAの薬物動態プロファイル比較
薬剤(製品名) Tmax (h) 消失半減期 (T1/2, h)
ボルノレキサント (ボルズィ®) 0.5 - 3.0  約 1.3 - 3.3 
スボレキサント (ベルソムラ®) 約 1.5 約 12
レンボレキサント (デエビゴ®) 約 1 - 3 約 17 - 19 
ダリドレキサント (クービビック®) 約 2.0 約 8 
*スボレキサント、レンボレキサント、ダリドレキサントのデータは各薬剤の添付文書等に基づく。

表2:第III相試験における傾眠の発現率比較
薬剤(用量) 傾眠の発現率 (%) プラセボ群の発現率 (%)
ボルノレキサント (5mg) 3.1%  1.5% 
ボルノレキサント (10mg) 3.6%  1.5% 
スボレキサント (15mg/20mg) 6.7%  3.3% 
レンボレキサント (5mg/10mg) 7-10%  1% 
ダリドレキサント (50mg) 6.8%  1.8% 
*各データはそれぞれの臨床試験結果に基づく。直接比較試験ではない点 Podpointではない点に留意が必要。

これらのデータから、ボルノレキサントは特に以下のような患者群において、有用な治療選択肢となり得ると考えられる。

  • 翌日の認知・精神運動機能への影響を最小限にしたい患者(自動車運転者、機械操作従事者など)
  • 持ち越し効果による転倒リスクを特に懸念する高齢者
  • 既存の睡眠薬で翌朝の眠気や倦怠感を経験した患者

結論

ボルノレキサントは、明確な設計思想に基づき開発された、際立って短い半減期を持つ新規DORAである。その「fast-on, fast-off」という薬物動態特性は、臨床試験において強固な有効性と、特に残存傾眠のリスクが低い良好な安全性プロファイルとして具現化された。

本剤は、既存のDORAとは異なる特性を持つことで、不眠症治療の選択肢を広げ、患者個々の症状、ライフスタイル、そして安全性への懸念に応じた、より精緻な個別化医療の実現に貢献することが期待される。今後の実臨床におけるエビデンスの集積が待たれる。